コラム

普通の女の子が10000人もの人を集めた話

創造的な仕事、「刺激と感動を与える」をコンセプトに セミナープロデュースをしている小山です。

私の知り合いで、高田洋平さんという方がおります。

 

年に何回か会う数少ない、
知人なのか友人なのか分からない関係ですが、

知らない人のために説明しておくと、『マネバナ』という謎の会を開催しており(数年たった今でも、一体何の会か不明)

毎回、謎に彼の周りには業界の凄い人達が集まり続ける。といういまだに謎の人であります。

 

特技は「どんな凄い人からの教えや学びも、お酒を飲んだら忘れる」

 

そんな高田さんですが、

毎回凄いと思うのが、高田さんの「大風呂敷理論」です。


実は高田さん、来年2月に西野亮廣さんを呼んで
1800人規模のセミナーをやる!らしいので

私も、12月のジェイエイブラハム来日セミナーにて、
西野さんに登壇していただくという共通点もあり、


せっかくだからそういう話も踏まえて、
ちょっくら話をしてみますか~という事で久しぶりに会いました。

 

小山「高田さん、西野さんのセミナーって今どのくらい集客できてますか?」

高田「いやー小山さん、今度1万人のセミナーやるんすよ!」

 


!?!?!!??!?!

相変わらずぶっ飛んでいます。

 


しょっぱなから『人と人との会話、コミュニケーション』と概念を完全完璧に度外視した回答が返ってきました。

 


小山「へ~~すごいっすね!1万人!いつやるんですか?」

高田「あーそろそろっすねー


!?!?!!??!?!

 


ヤバイです、もはや異次元とかそういうレベルではありません。

普通1万人というと、会場を借りるだけでも1年、2年前から準備し
あらゆる事を想定してやりますし、

集客面を考えても相当プランを練らないといけないはずです。

 

しかし、目の前の彼からは全くそれらしい素振りもなければ、集客を始めてる傾向もない。


驚いてる私をよそに、高田さんは、「何をびっくりしてるの?当たり前でしょ?」的な事を、ドヤ顔ε- (´ー`*) で言い切るので

素朴な質問をしてみました。

 


小山「ど、どうやって1万人のイベントをやるんですか?」

高田「今から考えるんです!


!?!?!!??!?!!?!?!!??!?!


ヤバイです。相当ぶっ飛んでいます

 

いや、高田洋平さんを語るには、ぶっ飛んでるという言葉ではおそらく収まらない気がします。

多分、神や超次元の何かと話をしている感覚が無いと理解できないのかもしれません。


ただ、私もマーケッターなので「今から考える」といったその神の考えを、一部でも拝借したくなります。

なのでちょっとぶっこんで聞いてみました。


小山「た、たとえばどんな方法があるんでしょうか?
その前に西野さんのセミナーも1800人の会場借りてましたよね?
その集客は大丈夫なんですか?」


神の前では、全く無用な心配だと思いながらも、


やはりここはサラっと1万人の前に、1800人の講演会集客についても聞いてみたくなります。

また、マーケッターとしてもここはズバっと神からのアドバイスを聞きたいという思惑もありました。

 


すると高田さんは大きく息を吸い

「実はここだけの話にしてもらっていいですか・・とっておきのアイデアと引き出しがあるんです。この方法を使うとぶっちゃけ集客なんて簡単です!」

 


ま、ま、まじっすか!し、知りたい!そんな高田さんのとっておきの方法!

さすが1万人集めるのなんて当たり前!という男です。

どんな秘策か気になります。

 


・・・ごくり


もしかしたら今日、高田さんのアドバイスによって
自分の人生が変わるのではないか?


そう思って待ち構えていた高田さんのアドバイスとは


高田「60人集められる人が30人いれば1800人になります。
あ・・これ、とっておきの方法ですからね内緒ね(*´゚3゚`)b シー!」

というものでした。

 

す、すごすぎます!!!さすが神の回答!

 

正直、「日本中の人達が1円ずつ自分に寄付してくれたら、1億円稼げるぜ!」理論と何が違うのか分からなかったのですが、

 

高田さんがいうのだから間違いはない気がします!

 

ただ、本人に怖くて聞けなかったことが1つ。

お詫びも兼ねて、このコラムで告白したいと思います。


「どうやってその60人集めてくれる凄い人達を、30人集めるのか?」

 

もはや極度のお人よしか、集める本人にメリットでもない限り、集まらないのではないか・・?

凡人の私では、思考がそこで止まってしまい脳内がショートしてしまいます。

 

 

確かにその理論は私も使ってますし、何度もやっています。

その結果、毎回多くの人に協力を頂いております。

 

ただ、その度に思うのが、
他の人を巻き込んで、一緒にイベントを創っていく。

集めてもらうのであれば、

 

ミッションステートメント

マーケティング

システム

チームワーク

コミュニケーション

そして、あらゆる戦略やアイデアが必要ですし、何よりリーダーシップが必要です。

と身に染みて感じているので、なおさらの事思った訳です。

 

反面、目の前にいた高田さんを見てみると、リーダーシップという言葉からは、

銀河の果てにあるグレートウォールと地球との距離よりも遠い気がしました。

 

もはや、飲み屋横丁で飲んだ食ってるただの酔っ払いのおじさんです。

 

いや、これも彼の偽りの姿であり、きっとこの場では言えない戦略があって、

私に「自分でそのくらいは考えるんだ!イチイチその程度のことは聞くな!」という教えなのかもしれない。

 

私の知らないところでバリバリ仕事をこなし、彼の背中には何万人もの人達が支えており、

目にうつるものが全てではない。真実は心の中にある!というありがたい学びを与えてくれてるのではないか?

 

そう思った瞬間、目の前にいた酔っ払いのおじさんから、ガンジーに見えてくるから不思議です

心に暖かいものが溢れかえりました。

 

 

そんなガンジー高田さん。

自分の考えより10歩も100歩も遥か先をいっているに違いない高田さん。

 

 

釈迦に説法!全く無用な心配なのはわかってます。

 

しかし、高田さんに1つだけ伝え忘れていた事がありました。


あまりの高田さんのぶっ飛び方に、完全にビビってしまい、
本人に直接いう事ができなかったので、ここで書きたいと思います。

 

1万人を集めるなら、1万人集めた人から話を聞く。

これが私の考え方です。

 

なので、この日高田さんに伝えたかったことは


「1万人を本当に集めた女の子の話」です。

名前を『宮崎奈穂子』さんといい、シンガーソングライターをしています。

宮崎さんの凄いところは「普通の女の子」だという事です。

 

知名度も何もない、普通の女の子なのにも関わらず、

全くのゼロから、「1年間でサポーター15,000人を集め、日本武道館で単独公演を行う」という尋常ではない目標をつくり、

 

356日目で達成し、武道館で単独ソロライブを開催

 

夢を叶えた女の子の”本当にあった話”

有名アーティストでも何でもなく、ごく普通の女の子だった彼女が
一体どうやってこれだけの人を集め、夢を叶える事ができたのか?

 

学生時代、
「笑われるのが怖くて歌手になる夢なんて口にできなかった」

「このまま就職活動を始めたら一生後悔する。可能性を試しきってみよう。」

「デモテープを40社送ったのに反応がない」


そこから、夢をあきらめず

「1年間でサポーター15,000人を集めて、日本武道館で単独公演を行う」
本当に実現させた!その力は何だったのか?


今年、私が影響を受けた一人であり、心を動かされた方でもあるののですが、

彼女を語るには、私の文章をもってしても難しいので、
ストーリーを転載させていただきます。


何度読んでも涙がでます。

読者の方に、マジで知って欲しい女の子です。

夢は本当に叶います!

 

あなたにも本当に知って欲しい、1万人の物語


これが本当に1万人を動かした人の真実の話。

『宮崎奈穂子』さんのストーリーをご覧ください。


■宮崎 奈穂子(プロフィール)

東京都出身。慶應義塾大学文学部在学中の2007年に、
自主制作のCD『優しい青』でデビュー。

路上ライブを週5日以上行い、約4年間で計80,000枚のCDを手売りした。

2010年に仲間と立ち上げた音楽事務所で
「1年間でサポーター15,000人を集めたら、日本武道館で単独公演を行う」という目標を立て、356日目で達成。

2012年11月2日に日本武道館での単独公演を行い、約6,000人の観客を前に13曲を披露した

 

 

■夢のスタート

物心ついた頃から、テレビの向こう側の世界の歌手に憧れていた。
しかし、思春期に入ると容姿に劣等感を抱え、学校では人気者の同級生を羨ましく見ている、どちらかといえば目立たない存在だった。

「笑われるのが怖くて歌手になる夢なんて口にできなかった」という。

 

大学に入ってからも歌手への憧れは変わらず、大学1年の終わりに「このまま就職活動を始めたら一生後悔する。可能性を試しきってみよう。」と決意する。

デモテープを延べ40社以上に送ったが反応はなかった。

ボーカルスクールに通いながら、作曲家がコンペに提出する曲に仮歌を吹き込む仕事をmixiのコミュニティで探して次々と応募した。

デモ音源がビクターのディレクターの目に止まり、秋山奈々専属で仮歌とコーラスを担当する歌手に起用された


ボーカルスクールのレッスン費の減額を受けるために宮崎が提出していたデモテープが、
ボーカルスクール併設のレーベルであるシアーレーベルの担当者の目に止まったことから、
大学3年生になった2007年に同レーベルからCDを出すことが決まった。

CD発売を数カ月後に控えた大学3年生の夏、初めての路上ライブを渋谷駅前で行った。

友達に借りたキーボードとマイクスタンドを抱えて、混雑するハチ公前ではなく、西口の歩道橋前に立った。

 

だが、なかなか声を出せない。やっと歌い始めても誰も立ち止まってくれず、通り過ぎる人々の視線が冷たく感じられた。

自分の歌は街の喧騒の一部でしかなく、自分は誰にも必要とされていない人間のように思えてきた。

「もうダメだ。これを歌ったら帰ろう」。2曲目を歌い終えて楽器を片付け始めた時、スーツ姿の男性が「いい歌でしたね」と声を掛けてきた。

涙があふれた。「あのひと言があったから、路上ライブを続けられた」という。

 

その年の10月5日、1stシングル『優しい青』を発売した。3ヶ月で1500枚を販売する目標のもと、路上ライブを本格的に開始した。

台風や大雨の日以外はほぼ毎日、夕方の5時から8時くらいまで路上に立った。寒さの厳しい日は、キーボードを弾く手が真っ赤になった。

1stシングルの目標は72日目で達成し、歌手としてやっていけるかもしれないという希望が見えたという


その矢先、宮崎はスランプに陥ったという。翌年2008年の3月に2ndシングルを発売し、3ヶ月で3,000枚を販売する目標で路上ライブを始めたが、なかなか人が立ち止まってくれず、CDも売れなくなった。

「あなたの歌からは何も伝わらないね」と厳しい言葉をかけられ、泣きながら帰る日もあった。

泣くと翌日の路上ライブでは声が出なくなり、また失敗する悪循環が続いた。

それでも「顔が特別きれいなわけじゃない。ほかのアーティストに比べて、才能もない。何もないから、動くしかない。」という思いで、毎日路上に立って歌い続けた。

すると「俺も昔は夢を追いかけていたんだ」「就職活動がうまくいかないけど、頑張ろうと思った」などと声をかけてくれる人が現れた。

私の夢を支えてくれているのは、路上で出会った人たち。そのことに気付いたときから、宮崎はスランプを脱出できたという


会社員が職場に毎日出勤するように、宮崎は路上に毎日「出勤」するようになった。

宮崎の路上ライブは、キーボードの弾き語りである。
場所決めからセッティングまで、スタッフを伴わずに一人で行う。自分の背丈ほどあるキーボードを背負い、アンプや販売用のCDなどの機材を積み上げたカートを一人で押して、電車に乗って移動する。

これらの荷物の総重量は50kgに達するという

 

■武道館サポーター15,000人への挑戦

デビューから2年半、大学卒業から1年が経った2010年の春。

宮崎は、シアーレーベルで一緒に活動してきたプロデューサーやアーティストらと共に、新しい音楽事務所Birthday Eveの設立メンバーに名を連ねた。

同年5月、Birthday Eveの仲間が、「1年間の路上ライブでサポーター15,000人を集めたら、武道館で単独公演を行う」という目標への挑戦を始めた。

サポーター1人あたり3150円の会費を集め、それを武道館公演に向けた活動資金に充てるという企画である。

宮崎は「〔自分には〕できるはずがない」と思い、すぐにはこの目標に挑戦しなかった。

だが、このチャンスを逃したら、一生武道館のステージに立つことはできないかもしれない。それどころか、このまま夢を追いかけ続けても、いつまで音楽活動を続けていけるかわからない。

結果はどうなろうと、与えられたチャンスは、とにかく掴む努力をするべきではないか。

「想像もつかない数字だったけど、やらなきゃ始まらないと思った」。路上ライブを続ける中で、このように心境が変化してきたという。


同年7月より、宮崎はこの目標への挑戦を始めた。

まずは自分のことを知ってもらえるよう、毎朝どこかの駅前で通勤客に手書きのチラシを配った。

路上ライブは、池袋や渋谷を中心に、夏も冬も、雨の日も、気温が0度の日も、ほぼ毎日行い、許される限り毎夜、終電まで続けた。

長い時には午前中から深夜まで、合計12時間近く、路上に立っていた。 夜行バスで地方にも遠征した。

自分のオリジナル曲はもちろん、有名アーティストの曲のカバーや、スタンダードな合唱曲のカバーまで、幅広く歌った。

 

ある日、宮崎は品川での路上ライブで、ローソンで販売促進を担当している男性と知り合った。

当時ローソンでは、店内放送で流す曲のリクエストをツイッターで受け付ける『ツイリク』というサービスを行なっていた。

偶然にも、宮崎がローソンの販促担当の男性と出会う日の前日に、あるファンが『ツイリク』で宮崎の曲『ぴっかぴか』をリクエストしていた。そしてそのツイートを見た他のファンが、宮崎の曲を、毎日毎日、次々とリクエストし続けるということが起こっていたという。

宮崎の曲が『ツイリク』で初めて店内放送されたときは、早朝にもかかわらず多くのファンがローソンの店舗に行って放送を聞き、ツイッターで喜びを分かち合った。

宮崎によれば、反響の大きさを知ったローソンでは、『ツイリク』での放送期間終了後も、メジャーアーティストの楽曲を放送する枠で宮崎の楽曲を放送し続け、店内で働くローソンクルーからのリクエスト専用の放送枠でも宮崎の楽曲が放送されたという。

翌年2011年の3月、宮崎は、「ローソンのパスタブランドのブランドソングを作ってほしい」という依頼を受け、タイアップ曲『ひげおじさんのパスタに会いに行こう』を制作した。

プロモーションビデオも制作し、ローソンの店内で流されたほか、ローソンのHPにも掲載された。

宮崎によれば、これら一連のローソンでのヘヴィー・ローテーションをきっかけに、宮崎の活動に興味を持つ人が増え、武道館サポーターも急増したという。

武道館への挑戦を始めてから356日目にあたる2011年7月1日、目標の15,000人を達成した。


■路上から武道館へ

2011年12月1日、武道館公演のチケットを発売したが、チケットは売れなかった。

すぐに売れたのは15,000人のうちの1割にも満たなかったという。 そのため、武道館公演までの約1年間、今度はチケットを売るために、宮崎は路上に立ち続けた。

武道館を成功させるために、宮崎奈穂子の名前をもっと広めなくてはならない。

同年12月14日、7thシングル『ねぇ…/恋のCHAPTER A to Z』の発売に際して、宮崎は50日間で5,000枚を手売りする目標を設定した。

路上に出ると、CDを買ってくれる客に、「もし、よろしければ、もう一枚買っていただいて、どなたかに宮崎奈穂子のことを伝えていただけませんか?」と頼み込んだ。

客の中には、一人で10枚買う者や、1枚でいいよと言いながらも「渡す人を思いついた」と言ってもう1枚買ってくれる者などもいたという。

しかし、目標には300枚以上足らずに、期限の50日目を迎えた


「こんなにたくさんの方のお力をいただいたのに、達成できなかった。

こんな自分が武道館になんて立てるわけがない。」武道館サポーターズ達成後の最初の挑戦に挫折した宮崎に、プロデューサーは「だったら、そういう気持ちを歌にすればいいんじゃない?」と声をかけた。

宮崎は、毎日泣きながら、自分の気持ちを紙に書き出していったという。

 

「彼女は武道館で歌う器じゃない」という周囲の声も聞こえてきた。

ヒット曲があるわけでも、アーティストとして伝えるべきものがあったわけでもない。メジャーデビューすらしていない。

「順番が逆」という言葉が胸に突き刺さった。

 

逃げ出したくなった。 プロデューサーに「私は、本当に武道館の舞台に立ってもいいのでしょうか?

私は本当に普通の子で、歌もうまくないし、名曲をもっているわけでもないし、武道館をいっぱいにする自信もありません。

それに、歌で伝えられるメッセージももっていません。」

「私にできることは、路上でがんばっているところを見てもらうぐらいしかありません」と打ち明けた。

 

プロデューサーは「それでいいじゃないか。普通の女の子が、夢に向かってがむしゃらにがんばっている。

その姿そのものが、メッセージを伝えることになるのではないか。」と答えた。


この言葉と、自分の気持ちを真っ直ぐに綴った曲『路上から武道館へ』ができたことで、迷いが吹っ切れ、再び笑顔で路上に踏み出すことができた。

過去に名刺交換をした人に連絡を取り、企業などを訪問してミニライブを行う活動も、新たに始めた。

ある企業の社長は、「100人集めるのは簡単だけど、ファンになってもらわないと意味がないから」と言って、社内でCDを流した上に、宮崎に講演の機会を与えた。

ある生命保険会社の朝礼では、100人ほどの社員の前で『路上から武道館へ』を歌い、何人もの社員が涙を流して聴いてくれたという。

2012年8月、アリーナ席のチケットを完売した。


2012年11月2日。18時より、小林奈々絵のパーソナリティによる特別番組『路上から武道館へ』がTOKYO FMにて放送された。

19時、武道館公演の開演を迎えた。

 

路上を模したステージには、ポストや自動販売機、看板などが設置されていた。

宮崎は、いつもの路上ライブと同じように、背丈ほどあるキーボードを背負い、アンプやCDなどを積み上げたカートを押しながら、アリーナを歩いてステージに登壇した。

ステージに立つと、キーボードのセットを組み立て始めた。

ステージに設置された自動販売機でミネラルウォーターを買い、一口飲んでから、約6,000人の観客に、「やっと私の人生最大の夢がかないました。皆さんのおかげです」と挨拶をした。

続いて、最初の曲『路上から武道館へ』をキーボードの弾き語りで演奏した。ステージからは、一番後ろのスタンド席まで、観客一人一人の顔がすべて見えた。

様々な思い出がよみがえり、声を震わせ、涙をこらえた。

サポートバンドが入った2曲目からは笑顔を見せ、就職活動や夢などがテーマの計13曲を歌唱した。アンコールを歌い切り、「私の人生最大の夢が今かないました。

また新しい目標に向かって歩き出します。

明日から私の原点である路上ライブをします。」と締めた。総立ちの客席からは「ありがとう」「おめでとう」の掛け声が上がった。

(出典:wikipedia宮崎菜穂子)

 









これが宮崎菜穂子さんのストーリーです。

何度読んでも、やっぱり感動します。


本当の集客とは何か?

夢を叶えるとは何か?


彼女の生き方そのものが、多くの人を勇気づけ

世の中を変える事ができる。


私は彼女のストーリーを読むたびに心が震えますし、
もっと頑張らならないと!と思う訳です。

夢を叶えるためには普通でもいい。

誰だって可能性がある!


実現するのは自分自身だ!

口でいうのは簡単。でもそれを実行する為には何が必要なのか?


だからこそお招きしました。
この宮崎菜穂子さん本人が登壇します。


あなたにも是非知って欲しい!共有してほしい!

こんな人がいるんだ!という事を


http://guo.jp/hpps

 

※この話、マジです。

本当に夢を叶えたいパートナーと一緒に参加してください。

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